携帯電話にコール音。
約束の45分も前に。
でも彼は居ても立ってもいられないのだ。
1分でも早く出してしまいたいのだ。
頭の中にあるイメージを。
目にうったえるものを表現したくて、たまらなくなっているのだ。
降り続いた雨は小雨になっている。
アトリエへ急ぐ。
開口一番、「痩せた!?」
画架の目は鋭く見抜く。まだ、着衣なのに。
「そ、そんなことないよ・・・。」
言葉を返しつつも、今日もトースト1枚しか食べれていないわたし。
「髪を変えたから、そう見えるんだよ。黒髪に戻して、ストレートにしたし・・・。」
「ん、その方が好きだね。」
彼はにこりともせず、兎に角急いている。
「着替えはここで・・・。」
通されたのはベッドルーム。
薔薇の香が焚かれている。
モデリングの際は下着の跡を少しでも身体に残さぬようにはせ参じるのがモデルのマナー。
ノーブラで、ウエストラインのはっきりせぬワンピースを脱ぎ、全裸になる。
「横になって・・・。」
ラタンのカウチには既に真白なシーツがかけられている。
それからは、わたしは彼の人形だ。
唇に薔薇を。
大きな掌で頭を鷲掴みにされ、固定され、静物のようにじっとしていなければならない。
「君のまなざしは甘い菓子のようだ。もっときつく!」
視線にさえも要求は厳しい。
わたしは銜えた薔薇の茎をきゅっと、噛締める。
張詰めた空気の中、イメージが具現化されてゆく。
「今日は、ここまで!」
何もないところから、何かが創り出されてゆくこの緊張感が、わたしはたまらなく好きだ。
MAYAをモチーフにしたこの作品は、ローザンヌでの個展で展示するのだと、異国の人はひっそりと笑った。